秋空の雪

「おいおいまだ季節は秋じゃなかったのか?」

「暦の上では秋で間違いないぞ。昨日だって秋だったろ?」

「カレンダーじゃそうかもしれないが、ならこの景色はなんだ?」

11月下旬

まだ東京では紅葉が楽しめる時期で
寒さも少しずつ、強くなってきてるとはいえ、肌を指すような冬の寒さを感じるほどではない秋の気配さえ残るのに
昨日、一昨日まで残っていたのに

何故か今日は窓の外が白く染めあがっている

何十年ぶりだとニュースが驚きをもって語り
同時に交通網の乱れを報じていて

時期はずれの天気を繰り返し伝えている
そう、この時期はずれの景色を


11月の雪景色を


「まさか、まだ秋なのに雪を見せられるとは思いもよらなかったよ。」

「それは俺もだ。まさか、紅葉と雪景色が同時に見られるなんてそうはないだろうし。」

赤と白のコントラスト鮮やかで美しく
その幻想的な景色が美しがために
何か空恐ろしいものを感じさせてしまう

世界がいつもと違う顔を見せたことに、怖れをも抱かせる

「世界もお節介なことだな、本当に。わざわざ、教えてくれなくても分かっちゃいるってのに。」

「今年の冬は今までとは違う冬になることを、か。確かにお節介だよな。」

「お節介のありがた迷惑が分かったんじゃないのか?」

これには春希も苦笑するしかない

「ただ、わざわざ世界が教えてくれるなんて、運命なんてものを感じさせてくれるなんて、春希の思い込みもバカにできるもをじゃないのかもな。」

雪なんて気象現象で、そこに何か特別な意味なんてない、偶然の一致なはず
でも、そこに特別な意味を感じてしまっていた過去を聞いていたかずさとしては少し気がかり
このタイミング、この状況での、季節はずれの雪
これを偶然と言い切れるほど、2人の世界は優しくはない

「それでも、前に進って決めたからには、行くさ。そのためにここにいるんだから。」

「前に進めば冬がくるぞ?」

「冬がきてこそ、だろ。」

雪景色からかずさに目線を合わせて、静かに、だがハッキリと告げる

それにかずさは眼差しで応える

季節はずれのなんかじゃない

その時だけの特別じゃない

あの日置いてきた、雪がもう一度やってくる季節に――――――


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The Day After 45

「覚悟、決めたのね。」

先日、日本に帰国した2人はまず冬馬曜子を訪れ、これからどうするかを話した
それに対する反応がこれ
表情には 理解と ほんの少しの呆れ と 諦め があった

「でも、そうよね。そうせずにはいられないわよね、あなたたちなら。」

僅かな羨ましさをも覗かせながら曜子が言葉を続ける

「もうどこにいても、それでどうにかなるわけでもないしな。」

答えたかずさは決意と覚悟のみを見せて言う
2人だけの世界から出た以上、どこにいたって繋がりはなくならない
届けようと思えば、映像だって声だって歌だって届けられる
それならば、だ

「そんな時代になったのねぇ・・・。」

「年寄り発言か、らしくない。」

「あなたね、わたしだってたまには感傷にひたることはあるのよ。」

「それもキャラじゃないだろ、病気で気弱にでもなったのか?」

「・・・そういうあなたは強くなったわね。」

思わず曜子がもらす
春希が隣にいる時のかずさは、自分が知るあのかずさじゃないって、わかってはいたはずだが

「あっちでの二年も、この半年も無為に過ごしてたわけでもないしな。・・・しかし、春希と同じこと言われるとは思わなかった。」

「だって・・・ねぇ?」

「まあ、そうですね。」

「そんなことばっかり分かり合いやがって。」

言葉曖昧ながら分かり合う義理の親子に
肩をすくめる実の娘

昔のあのかずさを知るものとして、そう思うのは無理のないこと

「春希がいてくれてるんだ、違うさ。」

それに対するかずさの言い分は変わらない

「それもそうね、そうじゃなきゃ申し訳たたないものねぇ。」

自分とは違う決断した曜子は少しの皮肉と大きな敬意をこめて言う

「そりゃな。あの時のあたしを見てればそんなこと今さらだろ。」

日本を立つ前のかずさを見て曜子自身、幸せいっぱいという表現をしたくらいだ
故郷と母に別離を告げるはずの時 なのに

「そう、よね。そしてだからこそ、ぶつかれるし、ぶつからねばならないのよね。」

逃げたと自分では思っていないけど
人によってはそうも見えるかつての自分とは違う娘を眩しく感じることもある
少なくとも前を向いてハッキリとぶつかると言える娘は
自分の道を歩き始めているのだ

もう、母親の跡を追い、まるで同じ様な道を歩もうとしているかのような危うい娘ではなくなった

自分が唯一手に入れられなかったものを手に入れたこの子は
自分が手を引かねばどこにも行けなかった子供じゃなくなったのだ

「にしても長い荷物になりそうね、人生思ったよりも長いものよ?」

「今のあんたが言って説得力あるんだか、ないんだか・・・。」

「そうでもないわよ。かずさは知らないでしょうけど、私は昔、こんなに長生きするつもりなんてなかったもの。」

「あんたが?そんなこと聞いたことがないんだが。」

「でしょうね。かずさ、あなたがいるから長生きしなきゃならないって思うんだから。今だってそうじゃない。何のためにわざわざ私が闘病生活してると思うのよ。」

「ちょっと意外ですね、かずさのことはともかくとしても、どんなことにも闘っていきそうなんですが・・・。」

かずさがその言葉に応えられないのを見越して春希が疑問をきいてみる

割と昔からそういったものには負けん気を発揮する物だと思っていた

「間違ってはないわ。ただ若い頃は色々なものにぶつかって闘って無茶ばかりしていたから、長生きしている自分が想像できなかったのよねぇ。」

「今でも充分、というかあたしが知る限り、あたしが小さな頃から好き勝手に無茶ばかりしていたようにしか見えなかったんだが。」

闘病に関しては自分のためというのは理解してるから返す言葉がないかずさだったが
自分の子供の頃の話となると疑ってしまう
どう考えても母親というにはどうなのだろうという記憶が山ほどある

「していたかもしれないけど、独りの時よりは大人しくというか、かずさに迷惑にはならないくらいにはしてたもの。」

「その基準価値が既におかしいんじゃないか。迷惑かけないって、世話をしなきゃいけないのが親だろうが。」

「そこは無理そうだと思ったので人に任せたわけよ。でも、できることはしてたし、私だって守りにはいってた部分もあるのよ。少なくともあなたが小さい頃には日本住まいだったでしょ。」

「日本にいた時間と海外にいた時間を比べると日本にいたと果たして言えるかは微妙なとこだけだな。」

「それこそしょうがないじゃない。日本だとピアニストとして生きづらい状況だったんだから。」

「その原因をつくったのはあんただろ?自業自得としか思えないんだが。」

「ああ言えばこう言うこね、全く。話が進まないじゃないよ。」

「あんたの言うことがツッコミ所多すぎるせいだろ。自分の都合のいいように語りやがって。」

「人間なんてそんなものじゃないかしら。誰だってわざと自分の都合悪い様には言わないでしょうに。」

「あんたの個人的なやり口に人類全体を巻き込むな。」

本題は話し終えたかのようにいつものを繰り広げる2人を見て
半分、いや8割くらい苦笑する思いな春希であるが
これからのことを考えれば、今くらいはという思いもある

これから俺たちが雪菜とするのは、しなければならないのは話し合いなんかじゃない

意思のぶつけ合いだ

互いに自分が望むように望むことを相手に伝える、なんて優しいものじゃなくて
言葉にして投げつける、相手が受け取れるかどうかなんて考えずに。

そんな闘いが待っている

だから、この時間は、親子の時間くらいは日常の風景でいい

嵐の前くらいいつもの賑やかさを―――


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秋が始まり、日々が始まり

「昼間はあんなに暑かったのに、この時間になると風が涼しくて・・・いつの間にか季節は変わり始めてるんだな。」

感慨深げにもらすかずさの隣りで
春希は同意半分、呆れ半分

珍しく仕事の都合もあって外出した2人だが
行くときは一歩外に出た途端
蒸し暑さに死にそうな表情して回れ右しそうになり春希の手を焼かせたはずのかずさが
そんな風に言うのだから、半分呆れが入るのも致し方ない所

でも、同意もできる

いつの間にか夕暮れには秋風が吹いていて
空は入道雲のように沸き立つ雲は見受けられず
細長い雲が薄く散らばっている様はまさに秋の空
季節は既に巡り始めている

夏から秋へと

それを肌で感じたのは春希もだ

「大分過ごしやすいし、外出はしやすい季節になったよ。」

そのセリフのような悩みとは基本的に縁のないかずさ相手では呆れもあるが
それでも季節の変化を感じ取っているのは一緒
日差しの下歩けば汗が吹き出るような暑さから
風があれば充分心地良く歩けるようになった

「過ぎ去ってみればあっという間だよな、時間て。」

夏も、5年も、2年も

「長いようで短いものさ。特に移り変わるその瞬間は。過ぎていくことに未練を感じるから余計に短く感じるんだろうな、と。」

2人だけの世界が終わることも

「惜しいと思うからこそ、か。」

その世界が続くことを願うからこそ

そのままで居続けたいと思うからこそ


「でも変わらないものはないし、変わらずにすむこともないんだ。」

体調だって変わるかもしれない
世界だって自分たちは変わらないことを望んでも、外から変革の力がかかることもある
遠くからの介入だってある

「季節も勝手に、いつの間にか、変わるものだし、仕方ないことか。」

「もう少し前向きにとらえてもいいとは思うけどな。」

「前向きに、なぁ。秋だとなんだ?」

「スポーツの秋とかどうだ?」

「そっくりそのまま返す。」

「じゃあ、読書の秋とか。」

「以下同文。」

「・・・芸術と食欲は秋に関係なくいつものことだし、そうなるとあと何かあるか?」

「それをあたしにきかれても・・・。なかなか前向きになるってのも難しいってことか?」

そういいつつ、ここがどこだかは2人とも分かってはいる
なぜここにいるかも、だ

「そうは言うが、後ろを向いてたって季節は戻らないのは確かだぞ。」

「分かってるよ、それくらいは。分かってなきゃここにはいないだろ。」

「・・・そう、だよな。」

分かってなければ、東京にはいられない

「だから、とりあえず秋の味覚ってやつでも楽しみにしとくさ。」

ここでしか味わえない季節を

「松茸でも用意しろってのか?」

「香りはいいかもしれないが、それだけだろ、あんなの。食べればただのキノコだってのより、果物だな。ブドウとかりんごとかを期待してる。もしくはくりご飯とか、炊き込みご飯とか。」

好物の果物だけではなく
敢えて記憶の中にある、子供の頃に食べたものもリクエストする
季節を象徴するようで それだけじゃないもの

「あー、確かにならではのものだな。」

春希も季節の食べ物として同意する
かずさがそれらを食べたのがいつどこでなのかをなんとなく理解しながら
なぜ、わざわざそれを言ったのもかも感じながら

「どうせならブドウ狩りにでもいくか?色々な種類のブドウを食べられるぞ。車で2時間もあれば行けるから遠くもない。」

理解しているからこそ、触れずに心にとどめる
それを用意することを 決めながら

「それはなかなか心ひかれるものがあるな。」

そんな風に会話しながら

訪れつつある秋の気配を全身で感じ

前を、やがて巡る季節を、見つめつつ

あの日も春希は歩いた河川敷を2人で行き

冬馬邸へと帰る

季節は巡る

同じ光景と 違うもの

この道のように一続きの過去から未来と

その中での変化

2人は同じことを感じながら 変わりゆく季節の中を 歩いているのだ―――


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東京から海風に吹かれに

「こんなところも悪くないな、意外と。」

本土から船で僅か数分しか離れていないこの島だが
都会で暮らす2人にとっては充分なほど日頃とは違うことを感じさせてくれる場所

ホテルの離れから見える景色一面が木々と海で、
聞こえてくる音は、波の音、鳥の声など
人の生活音はたまにしか聞こえないくらいの自然の中

そんな海辺の窓にかずさは座りながら 外を眺めつつ言う

その長い髪が海風によって軽く舞い、その表情には軽く笑みが浮かんでいるこの光景は

まさに一枚の美しき絵画

誰もが目を奪われるような特別な光景

それを特等席で 他の人が眺めることのない絵を 春希は堪能しながら言葉を返す

「たまにはこんな滞在先もいいかと思ってな。ほとんど他の人と会うこともないだろうし、しかも東京からも遠くないわりにいい場所だから。」

「ああ、それもあるけどもこうしてちょっとした島なのがいいな。少しだけ都会の喧騒を忘れられそうだ。」

都会の喧騒などといったものに縁のないはずのかずさが漏らすこの言葉

春希は静かにこの一枚絵を眺めつづける

言葉にする必要のないものたちがいくつもあるから

水を差すこともなく

静かにその言葉に一つだけうなずく

「なんていうか、海の色とか聞こえてくる音とか風の感じが日本、なんだよなぁ・・・。」

呟くように続けるかずさの言葉を春希は静かに聞く

視線は変わらずその一枚絵

「といっても母さんに連れられて行った海なんてほとんど記憶に残ってないんだけど。」

「むしろ、その時にお前が何をしていたのかは気になるかな。」

春希としてはなんとなく答えは分かっているけども

「ホテルの部屋の中でゴロゴロしてただけだな。海に入るのも面倒だったし、だからといって日差しが強くて暑いばっかりの浜辺にいる理由もないし。」

「予想通りの答えだな、ほんと。で、今回はどうするんだ?泳ぐとはこっちも最初から思ってないけどさ。」

「あ~、特に希望はないぞ。のんびりできればそれで充分さ。ただ、折角春希が熱心に選んだ水着くらいは着て見せてやらないと、とは思ってる。」

「そこはかとなく誤解の招く表現が入ってるのが気になるんだが。お前が選ぶ気がないから俺が選んだ事実を棚に上げないでくれると助かる。」

「どうせあたしはどんな水着だってどうでもいいんだから、それなら春希が好きなものにした方がお互いに嬉しいじゃないか。」

軽口と軽口の応酬

「お前の場合、本当にどんなものを選んでも着そうだからこっちでちゃんと選ばないと、という謎のプレッシャーに押しつぶされそうになってたんだぞ。挙句に大抵のものは似合うから却って迷う羽目になったし。」

「そもそもあたしの場合、サイズの問題からいうほど多くの選択肢もないだろ。母さんにはよくなんでスリーサイズがこんなに違うのかと文句言われてたくらいだ。」

「デザイン的にはそう多くはなかったけど、色合いまで考えるとなんだかんだ考えさせられた。しかも、変なのを選ぶと着るくせに文句言うだろうし。」

「春希のセンスだから、そりゃ仕方ない。だから、最後はあたしもアドバイス出してたじゃないか。」

「むしろ、そのままかずさが決めてくれよとか思ったくらいなんだがな。」

お互いの言葉にわざわざご丁寧に返す

「それはダメだろ。そしたらあたしの楽しみがなくなる。」

「そんな楽しみは海に流しくれていいぞ、ほんと。」

「そういうわけにはいかないな。なにせ最終的にあの中からどれを選んだのか今だって結構楽しみなんだから。それは明日までとっておくとしても、興味はわく。」

「目の前の海に興味を示してくれてればそれだけでいいぞ~。」

旅先でも繰り広げる 変わらないこの日常会話

「自分でいのもなんだが、あたしが海にそこまで興味示すわけないだろ。一人だったら始めからこんなところにきてないさ。」

「かずさが一人だと海どころかそもそも外出さえしない引きこもりなのは知ってるから、海に見惚れて、なんてないのは分かっちゃいるが、折角来たんだから少しくらいそっちに興味持っていてくれていいぞ。」

「もう充分堪能したさ。」

「はやっ!?・・・長くはもたないと思ってはいたけど。」

「それに・・・わかってるだろ?長く眺めていると、よそ事を考えそうになるからな。」

それはお互いに分かってるから

だから春希はさっきのかずさの言葉に静かな同意するだけで何も言いはしなかった

水着の話で 少し間を持たせて でも会話することで静かに考える時間をつくらなかった

都会の喧騒が何を意味しているか、わからないはずがないのだから

「そういやかずさは大浴場とか露天風呂とか入るのか?」

「あたしが一人でわざわざ入りに行くわけないだろ。シャワーで流すならまだしも。」

「だよな、やっぱり。」

それたようでそれていない会話

ただ、無理にこれ以上そらそうともしない

そんな絶妙な 着地点

「だから今日も部屋にある風呂で充分だ。」

「それだとあまりいつもと変わらない気はするんだがなぁ。」

そんなこと言いながらも春希だって最初から分かっていたこと

「そもそも他人と共用だと下手すれば騒がれるからな、わざわざそんな面倒な事態を引き起こすような真似はしたくない。というか、あたしになんのメリットないことをする方が変だろ。」

「論理的にはそうかもしれないが、それだと温泉の存在意義が問われかねないんで、同意はしづらいな、うん。」

「あたしには温泉のなにがいいのかよく分からんからしょうがない。母さんは好きみたいだけど、あの人はそもそも温泉め当ててなのかついでなのか微妙だしな。」

絶妙な細い道をうまく行きながら続く会話

「大人になれば集まる目的にするのにちょうどいいんじゃないか。」

「海、山、より温泉か?若さがないよな、それって。」

かつてを繰り返してるかもしれない話をする

東京から離れて

海の音を聞きながら

夏の潮風に吹かれながら



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「冬馬かずさ」の夏

セミの音がいくつも響き渡り

外はゆっくりと空の色を変える

誰もが想像する夏の一幕



けれども あたしには

これは夕暮れじゃない

あたしにとっては夏の朝のこの景色こそ

冬馬かずさの夏 なのだ

早朝のこのひと時こそが・・・



子供のころからピアノ漬けなあたしには外で遊ぶという時間が当然なかった

だから夏の夕暮れというものについて、あまり感覚がないというか、よく知らないが正しいんだと思う

そんなあたしに夏を感じさせるのがこの夜明け

涼しい風と共に セミの鳴き声が ひぐらしが 聞こえてきて

空がゆっくりと青白くなっていくこの時間

他の季節では味わえない このひと時が

あたしにいつだって 夏を感じさせる

人とは違う 一人で 独りの 夏の夜明け

それが 冬馬かずさの夏 だった

そんな夏を感じるこの瞬間を 誰かの隣で迎えることになるなんて

孤独じゃなくて 愛する人の腕の中で迎えるなんて

そんな日が来るなんて 思いもよらず

子供の頃のあたしにそんなことを言ったら どんな顔をするだろうか

そう思うと笑ってしまいそうになる

父親の顔も知らないあたしは 母親を反面教師にしながら 母親以外の人間に興味を抱いていなくて

母親に認められるピアニストになるためだけに生きていたようなあたしに

そんなことを伝えるのだ

とても とても 味わいのある表情するんだろうなって

自分で解っているからこそ 笑ってしまう 笑えてしまう

ついでにいえば しかもそれがよりにもよって 北原春希だなんて

どんなやつか説明した日にはなんの冗談だと思うだろうし

頭がおかしくなかったのか、と過去の自分に言われるだろう

あたし自身、そう思っていたのだから



でも あの夏に変わったんだ

世界から色をなくして 二年間さまよって 

その先に行きついた場所で 待っていたもの

そいつにあたしは変えられた 

他者に興味をもってなかったあたしを 夢中にさせやがった



ああ、あの夏にあたしは隣りの奴に夢中になった

そのせいで夏の朝 あたしは孤独を感じる暇もなく

どうやって音楽を教え込むかを考え続け

気づけば夜が明けていたり 寝ていたりと

ピアノから離れていたあたしに久しぶりの忙しい日々を寄越した

そんな独りであるこを忘れた夏を過ごした

しかもそれだけじゃなくもう一つ

ピアノを弾く理由をさえも あたしの根幹さえも変えさせられた、そんな夏だった


それから、その夏を超えて また夏がきたときは

既にあたしは東京にいなくて 全く別の夏を過ごすようになり

独りの夏に戻った

かつてはあれほど望んだ母親と一緒の海外へ行けたのに

独りに戻ってしまったのだ

また、夏が始まっていた

1人で独りの夏が―――



でも今はこうしている

この東京で、あの頃と同じように夏を感じている

明けゆく空は色が移り変わり

セミたちが必死に音色を奏で

あの頃と変わらない夏の朝



そこに もう一つ 穏やかな吐息が加わった

規則正しく 穏やかで あたしの心を暖めてくれる

孤独でないと教えてくれる

春希の寝息 が、加わった



「冬馬かずさの夏」から、「北原かずさの夏」になった



空がゆっくりと色を変え

セミがいくつもいくつも鳴き

ヒグラシがあの独特な音を奏でる

夏が 今年も やってきた


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プロフィール

海雪 海辺月

Author:海雪 海辺月
現在、White Album2 SS、特に冬馬かずさ SSを執筆がメインです。
目次はカテゴリーの未分類においてあります。
Eメール:umiyuki_4s@yahoo.co.jp
@を半角にしてください
メアド載っけてないことに今さら気づきました・・・

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