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2013年 -12月26日-

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年の瀬も迫った冬の日。
何時もより早めに練習に取り掛かり、その分だけキッチリと早めに練習を切り上げたかずさが、夕飯の下ごしらえをする俺を後ろからじっと見ていた。
ちなみに今日の献立は、和風に親子丼と味噌汁。・・・あとサラダ山盛り。
もう少し凝ったものにする予定だったのだが、エネルギーを使い果たしたといった風情で告げられた「腹が減った」の一言で材料流用の簡易料理に軌道変更。
材料を刻み、調味料を分量どおりキチンと用意して頭の中の手順に従い作業を進める。

こちらに来てから調理の腕は格段に上がった。・・・などと言うと世の中の主夫には指をさして笑われるだろうが、場数を踏んだだけ高効率化とレパートリーの拡大は果たしている。
レシピの再現にのみ注力した調理法ではあったが、独学で何かを身につけるのに先人の残した教えをなぞるのは基本中の基本。これは勉学だけに限らない定石だと思っている。
そもそも、バイトで調理場に立つことも日常だったのだから一通りの調理器具は使える。
マンション暮らしの頃に技能を発揮できなかったのは、単純に据置のガス調理器具が無かったという理由だけ。
流石にカセットコンロやホットプレートで炒め物や煮物となると調理時間やランニングコストなど問題点が多く、結果として鍋とカレーの日々だったということである。

「かずさー」
「んー?」

そんなこんなで後は卵を投入すれば完成といったところで、後ろで呆けている担当タレント兼婚約者に声をかける。

「工藤さんに醤油と味噌送ってくれるようにメールしといて。あと2週間で無くなるから」
「わかった」
「あと、余裕があるなら汁椀と箸と箸置き用意して」
「今日は注文が多いな。箸置きは要らないだろ?」

返事と同時に携帯の操作音が聞こえ始める。今日は機嫌が良いらしい。
ちなみに丼茶碗は陶器製だからかずさには触らせない。商売第一、これもマネージメントのうちである。
そんなことを思いつつ、割った卵を菜箸でかき混ぜていたところでメールの送信音と共にかずさの声。

「なぁ、春希」
「・・・なんだ?」

最近、このパターンで話しかけられるパターンが多い。
そして、続く言葉で事態が大きくなるということ学習してしまったのか、やや愛想に欠ける口調での返事になってしまった。
無意識に警戒する癖のようなものが付いてしまったのだろか。今日に限っては、その例に当てはまらないことを祈りつつ言葉の続きを促す。

「今から告知の修正とかって間に合うものかな?」
「告知って、フランス公演のか?」
「そう」

予想外の言葉に調理の手を止めてかずさに向き直る。公演が決定した時点で、雑誌媒体やwebでの広告展開は始まっているので基本的に変更は難しい。ただ、内容にも拠っては、そんなことも言っていられない。
テーブル上のノートPCをサスペンドから復帰させようかと思いつつ、手に染み付いた玉葱の臭いに躊躇して、とりあえず話の続きを促した。

「曲目とかなら可能かな。けど、それもそろそろ決めて欲しい。出来るなら今のが最終案希望」
「いや、曲はもう変えない。今からじゃ練習時間も足りなくなるしな」
「じゃあ、他に問題でもあるのか?」
「・・・名前を、ね」

言うと同時に含み笑い。
そう言えば、家の中でこいつが携帯を持ち歩くことなど滅多にないはずなのに、さっき頼んだメール操作にタイムラグが無かった。
それは直前まで携帯を使い何かをしていたということ。
そして話し声が無かったと言うことは通話以外の操作をしていたということに、ほぼ間違いなく。

「もしかして、お母さんからメールでも来てたか?」
「ああ」
「婚姻届の件、か?」
「そう。・・・受理されたって」

答える顔が既に、にやけている。
そうか、これで正式に・・・ということか。たかが書類一枚。今の俺達の生活が何か変わる訳ではない。
けれど、また一つかずさの願いが叶った。また少し幸せに、笑顔になってくれる。

・・・のは、喜ばしいことなのだが。

「で・・・名前って、まさか?」
「だって、私はもう冬馬じゃなくなっちゃったし」
「・・・待て」
「ちゃんとした名前を名乗らないとダメだろ?」
「ちょっと待て」
「ホームページとかも更新しとかないとな」
「だから、待ってくれ」
「なんだよ、さっきから。なにか問題でもあるのか?」
「あのなぁ・・・」

話の輿を折られたとばかりに、不満げに聞き返すかずさの反応に軽く眩暈を覚える。どうやら冗談ではなく本気で言っているようだ。
問題がありすぎて、どれから処理したものか思案したが目先のものから片付けることに決定。
あからさまに非難の目をこちらに向けるかずさに、言って聞かせるように話し始める。

「世界で2番目に『冬馬ブランド』が浸透してるフランスで演るのに、看板下ろしてどうするんだよ。それに、今からじゃ間に合わない」
「まぁ、それもそうだよな。んじゃ、次は・・・3月のジュネーブだっけ?」

確かにジュネーヴ国際音楽コンクールには出場予定だったが、2月の初演次第では3月に追加公演が割り込む可能性がある。
叶うならば追加公演を選びたいものだが、現在の問題はそんなことではなく。

「そっちのエントリーの名前の変更は間に合うか?『北原かずさ』で・・・」
「それも無理」
「そうなのか。だったらオフィシャルサイトのプロフィールだけとかは?」
「・・・」
「ほら、『本名:北原かずさ』とか。後は、その・・えっと・・・近日挙式予定?」

とんでもないことを口にして、ぽっと頬を赤らめる。
普段であれば見せることの無い少女のようなその仕草で『フロイラインじゃなくてフラウなんだな』などと細やかなことを満足げに呟く自称奥様。
思わず此方まで笑顔になりかけるが、いつまでも夢を語らせておく訳にもいかず現実的な対応を告げる。

「名前は変えない。ホームページも今のまま。これからも、お前は『ピアニスト冬馬かずさ』だ。個人である北原かずさの名前は公にしない」
「・・・・え?」
「え、じゃないって。理由の説明、必要か?」

その言葉に絶句、そして呆然。と、動作を二つも挟んでから怒りも露に睨みつけてくる。
どうやら本気で何も判っていなかったらしい。
溜息と気取られぬように息を吐きだしてから、かずさの顔を見つめる。作る表情は、宥めるときの甘い顔ではなく業務時の顔。マネージャーとして苦言を伝える時の厳しめの表情。

「じゃあ、理由。大きく二つある」
「・・・」
「まず第一に『冬馬ブランド』は捨てるには惜しすぎる。一からお前を認知させていくよりも、今ある看板を磨く方が断然効果的だから。いずれはブランドに頼らなくても、お前の力だけで確固たる評価を得られるってのは疑ってないけど、現状でこの路線を変更するのはリスクになる」
「・・・・そういう褒め殺しは、卑怯だぞ」

流石にこちらの思惑など筒抜けだったが、別段、言葉で誤魔化そうとしている訳ではないので肩を竦めるだけで聞き流す。
そして、こちらが本命。かずさの予想していないであろう現実。

「第二の理由。お前の・・・今の扱い」
「は?」
「あの国でのお前の扱い、だよ。9ヶ月経って、お前がどんな存在として扱われてるか知らないだろ?」
「そんなの知るわけ無いだろ!だいたい飽きっぽい人種なんだから、私の事なんて疾うに忘れて似たような他のアイドルに国を挙げて浮かれてるじゃないのか?」

どうしても“日本”という、ただの国名でしかない単語を忌避してしまう。
それにも拘らず、遠まわしな表現に終始する俺の言葉の意図を完全に汲んだ反応に苦笑い。

「“飽きっぽい国民性”ってのは間違ってないんだけどな。それは対象が飾り立てた偽物だった場合の話。そんなの幾らでも代わりが居るからお前の言うように、すぐ忘れられる」
「どういうことだ?」
「熱を上げた対象が本物の煌きを放つ宝石だった時、あの国の人たちはずっと忘れない。何度も何度も思い出し記憶を美化し自分の宝石として心の中に大事に置き続ける」

それは、俺には判りすぎる心情。なぜならば俺自身がそうだったから。
今のファンと惹かれた部分は、まったく違うだろうけれど『冬馬かずさ』という宝石をずっと大切にしてきた第一人者として、彼らの心境には共感できる。

「・・・・もったいぶってないで、要点を言え」
「そうだな。結論から言うとな、祭りは終わってない。流石に一時のバカ騒ぎは跡形も無いらしいけど、未だにお前の名前がテレビやニュースで取り上げられる事は珍しくもないし、こっちへ来てからの活動も次の公演も知れ渡ってる。最近だとフランス公演を目的にしたツアーまで発売されたらしい」
「なっ!?」

かずさが驚くのは無理も無かった。
日本オフィスから状況の連絡を受けていた俺でさえ、自分の元へ直接届く日本からのオファーや取材申し込みが無ければ眉唾モノだったろう。
驚きと疑念の表情のまま固まるかずさに、あの公演で日本人が目の当たりにした物語を語って聞かせる。

日本を飛び出し、世界に通じる力を身に付けて凱旋した天才。
才能と容姿と実力を惜しみなく披露し別世界の特別な人間と誰もが認めざるを得ない状況で晒された、あまりにも人間的な私生活の素顔。
そのギャップゆえの親近感に大衆が絆されるのを見計らうように拡散した“海外の天才”が“日本の至宝”として帰還するという幸せな誤報。
誰もがそれを信じていた時に忽然と異国の地に去っていった、ミステリアスな偶像。

「ってことだ。確かに追加公演の時に『伝説でも何でも作っちまえ』って送り出したのは俺だったけどな・・・本当にそうなったらしい」
「・・・」
「世界のどこに居ても今のお前の情報は、たちまち伝わるんだ。あの国のニュースや週刊誌に『冬馬かずさ結婚!』なんて流れるのは・・・」
「判ったよ。そんなの私も望まない。お前の言う事を聞く」
「・・・すまん」
「春希が謝ることじゃない。仕方ない事、だよな」

気に病むのは判りきっていた。
他人との接触を厭い静かな世界で生きている俺達にとって、生きる糧であるピアノの評価以外は誰にどう思われようが構うことはないはずだった。
けれど。
あの国に居る彼女だけは。あの人の心を騒がすようなことだけは何があっても避けなければならない。

「・・・晩飯用意する」
「ああ」

これ以上この話題が続くことを嫌って、殊更、唐突に話を食事に戻した。少し冷めつつあった鍋に再度火を入れて、電子ジャーのご飯を軽くまぜる。
サラダをボウルに盛りつけてテーブルに置いたところで卵投入。

「なぁ、春希。あの指輪は式でお前が嵌めてくれるんだよな?」
「ああ」
「そして、私はお前に嵌める」
「交換、だからな」

半熟加減を計りながらかずさの問いに淡々と返事を返す。
調理しながら応えることを不謹慎と思わないでもなかったが、問いかけた本人もさして気にしている様子も無く言葉が続く。

「そしたらさ。もう、私は二度と外さない。生涯で指に通すのはたった一度だけだ。約束するよ」
「・・・思い入れが過ぎるんじゃないか?」
「良いんだ。それで良いんだよ」

火を止めてかずさの方に向き直る。
右手にお玉、左手にミトン。格好付かない事この上ないが、そんなことを気にする人間はこの場に居らず。

「いや、演奏に支障が出るようなら・・・」
「そんなもの技術で克服してみせる。私を誰だと思っているんだ?」
「・・・そうだな」
「芸人なんだから芸名で良いよ。『ピアニスト冬馬かずさ』これはこれで愛着のある名前だし。本名はプライベートに支障が出ないように非公開、だろ?」

はっきりと言い切って、こちらに歩み寄りそっと味噌汁の椀を差し出す。
気負った風も無く微笑む顔が意味も無く頼もしく思えて、一瞬言葉に詰まる。けれど、かずさの気持ちも痛いほど伝わってきて。

「・・・ああ、そういうことだ」

なんとか、それだけを答えて味噌汁をよそった。
その後、無言で丼にご飯を盛って具をお玉で盛り付けること2人分。

「よし、食べるぞ」
「ん」

小さなテーブルに向かい合って座り、二人揃って『いただきます』。苦節9ヶ月にして漸くかずさも、この習慣に慣れてくれた。
どんぶりを片手に付け合せの沢庵を摘む。
もきゅもきゅと咀嚼しつつ、合間を見計らって本日最後の悪あがきに出た。

「でもな・・かずさ」
「なんだよ?」
「コンサート映像のソフト化する時とは外さないか?」
「駄目。移ってるシーンはカットかCGで誤魔化せ」
「取材とか、どうするんだよ。目ざとい人間は見つけるだろうから問い合わせ来るぞ?」
「いつも通り、お前が答えるんだから問題ない」
「いや、あのなぁ」
「ミステリアスな美女なんだろ、私は?謎が多いのもセールスポイントだ。が・ん・ば・れ、旦那様」

そう言って、艶やかに笑って見せた。
その不意打ちに『反則だ』と言い返すことも出来ず、完全に沈黙。
本当に、急所を狙い撃ちにするような攻め方ばかり巧くなっていくのは、俺が弱みを見せすぎるのかかずさの学習能力の成せる技なのか。

上機嫌で箸を進めるかずさと、もくもくと丼とサラダを口に運ぶ俺。
勝者と敗者、明と暗を分けながら我が家の夕食の時間が、今日も静かに過ぎていくのだった。



<終>


~~~~~~~~~~~~~~
そして、ラストになります。
mmm様、いつもありがとうございます。

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季節外れでスミマセン その4

mmmデス。お疲れ様デス。

はい、ということで今回はここまでです。
4話と5話がどちらも夕飯だったり、重複する表現がそこ等彼処にあったりと掲載されたものを読み直して稚拙さを痛感するばかりです。

ともあれ。
指輪は確保できました。名字にまつわる一悶着もそれなりに書いてみました。
・・・・・で。
次ですけど時系列的にプロポーズ前後の話になりそうです。式場手配とウェディングドレス調達のネタでかずさはお休み。
これは全2話で済ます予定なので、10日ほどで書ける・・・かな?

問題は、その後の結婚式ですねぇ。
書き始めてはいるんですけど、調べること多すぎて時間かかりそうです。
片っ端からググるのでブラウザに表示される広告が指輪だのドレスだのブライダル関係ばっかりになっていますよ、ええwww

プロフィール

海雪 海辺月

Author:海雪 海辺月
現在、White Album2 SS、特に冬馬かずさ SSを執筆がメインです。
目次はカテゴリーの未分類においてあります。
Eメール:umiyuki_4s@yahoo.co.jp
@を半角にしてください
メアド載っけてないことに今さら気づきました・・・

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